2017年 07月 07日 ( 1 )

人形師

”江戸商い”の”人形師” できました。

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地味な衣装ですが前掛けが利いています。
人形に胡粉(こふん)を塗っている人形師は人形の木目込みをしている私に通じるものがあって、思い入れの強い作品になりました。
このシリーズは、子供のお顔ですが、小物がいい味を出しています。

説明書
髪をすいたり、衣装を着せ替えたり、女の子にとってお人形は、今も昔も変わらない大切な宝物です。
遊び堂宇の少なかった時代ですから、今とは比べ物にならないほどお人形を大切にし、お嫁色のとこに推さんし頃遊び親しんだお人形を、お輿入れ道具として持って行ったほどでした。
江戸時代は商業も工業もグンと発達した時代でしたから、お人形作りも大変盛んになりました。
今戸焼のように大量に作られた小さなお人形から豪勢な衣装をつけた風俗人形まで、様々な人形を創る人形師たちがたくさんいました。それまでは一部の人々しか飾れなかったお雛様や五月人行も、一般の人々や商家でも飾れるようになったのも、この当時からです。
女の子に人気のあったのは、髪をおかっぱにした抱き人形で、(やまと人形)と呼ばれたものでした。着せ替えもでき、それぞれ自分の好きな名前をつけて、小さなお母さんぶりを発揮しては、周りの人々の笑いを誘っていたのでしょう。また、年頃の娘さんたちの憧れの的だったのが本物そっくりの髪形に櫛やこうがいを差し、豪華な衣装をつけた衣装人形でした。このp頃、すでに、お人形用の生地が織られ、染めもお人形に合わせた小さな柄のものが作られていました。
このような世相を背景に人形師の中には注文を受けて一体一体創る職人気質の者も多くいて互いに競争しあって、お人形に工夫を凝らしました。そのため評判の高い人形師のところへは注文が殺到し、捌ききれないほどでした。また、大家のお抱えの人形師もいるなど、江戸文化の爛熟は、このようにお人形にも大きな影響を与えました。

油の高かった時代ですから、朝早くから日が暮れるまで胡粉を塗った頭に筆を入れている姿が絵草紙にも残っています。
当時の人形師そのままに「さあ、どんな口元にしようか」と考えているような目ざしにも江戸の職人気質が感じられるようです。


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by miistitch | 2017-07-07 08:37 | 木目込み人形 | Comments(2)